世界のサッカー代表ユニフォームの傾向(2006〜編)


では、2006年以降の代表各国サッカーユニフォームの全体的な傾向を少し書いてみることにしますね。

・06ドイツW杯〜07年


adidasがシェアトップの座から初めて滑り落ちてしまいました。
そして、アフリカ5ヶ国を始めとする各大陸を満遍なくサポートしたPUMAが首位に躍り出ることに。
ただ、adidasはユナイテッドとリベロの両モデルにおいて、曲線ラインを強調するデザインを続々リリースして、デザインの潮流を作りました。

adidasは、ホームとアウェイの両モデルで別々の異なる汎用モデルを採用する場合が増え、また、NIKEもアウェイモデルについてはオリジナルデザインを採用することが増えました。
PUMAはデザインこそシンプルですが、身頃に各国の国旗、エンブレムの動物、紋様をスカシ風に入れています。
また、PUMAのロゴの肩への配置は、以降KAPPAでも見られますね。
・ユーロ08スイス/オーストリア

ユーロ出場16ヶ国のメーカーシェアは、adidasが5、NIKEが5、PUMAが5、UMBROが1です。

イングランドが出場を逃してしまったUMBROはスウェーデンに賭ける形です。





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世界のサッカー代表ユニフォームの傾向(2000〜05年編)


サッカー代表チームのユニフォームのモデルチェンジですが、大体2年ごとに行われます。
それでは、2000年から2005年までの代表各国のサッカーユニフォームの全体的な傾向を少し書いてみます。


ユーロ出場16ヶ国のメーカーシェアは、adidasが8、NIKEが3、UMBROが2、PUMA、KAPPA、hummelが各1です。

adidasが半数を占めましたが、他ブランドの有力国が軒並み出場を逃したこともあて、決して楽観視できるものではありませんでした。

・02日韓W杯〜03年

W杯出場32ヶ国のメーカーシェアは、adidasが10、NIKEが8、PUMAが4、UMBROが2、KAPPA、hummel、uhlsport、Le coq、Joma、atletica、TENFIELD、marathonが各1です。
3大ブランドのシェアがより高まり、UMBROやlottoなどの伝統メーカーの衰退が感じられた一方、中南米系のブランドも各サプライ国を死守しました。

NIKEのナショナルカラーの蛍光色化(ナイジェリア、韓国)は賛否両論を呼ぶことになりました。
ナイジェリアはそのあおりを受けて、胸ゼッケンのカラーの大会中変更を余儀なくされてしまいます。

・ユーロ04ポルトガル〜05年

ユーロ出場16ヶ国のメーカーシェアは、adidasが5、NIKEとPUMAが各4、UMBROが2、hummelが1となっています。
3大ブランドの寡占化状態は変わりません。
大国のサプライヤーの変更はそれほど見られなくなりましたね。
デザイン面ではシンプル化の反動が徐々に出始めてきて、NIKEによる○囲みゼッケンは当時物議を醸すことになりました。





世界のサッカー代表ユニフォームの傾向(90年代後半編)



では、90年代後半の全体的な傾向を書いてみます。

・ユーロ96イングランド〜97年


イタリアのサッカーユニフォーム支給ブランドとしてNIKEが初の国際大会に進出し、以降急速に攻勢を強めていくことになります。
また、16ヶ国中で衿付きモデルが実に12ヶ国と形勢は逆転し、衿付き全盛となっています。
袖に大会用のパッチが義務づけられたことも、このユーロからです。
・98フランスW杯〜99年

W杯出場32ヶ国のメーカーシェアは、adidasとNIKEが各6、PUMAが5、UMBROとReabokが各3、lottoとKAPPAが各2、DIADORA、asics、hummel、ABA、Shamelが各1となっています。

日本のW杯初出場と共に国内メーカーのasicsも初出場を果たしたことになります。
強国のデザインはシンプルな傾向ですが、日本、クロアチア、ジャマイカ、南アフリカなどの初出場国は個性が強めなデザインで気を吐きました。

また、本大会用モデルには、全チーム「FIFA WORLD CUP FRANCE 98」という刺繍が入りました。